マガジン巻末連載「あいうえお小説」
更新日:19 時間前

------------- 第一部 RW-078 --------------

あれは或る昼下がりのことであった。
いまさっき食べた定食がいったいなんだったのか思い出せず、ボクは所在なく通りを行きつ戻りつした。
うどんだったか、そばだったか、それすらも自信がない。
物覚えの悪い方でもないーいや、寧ろ良い方だ。なぜだろう、いつものボクとは明らかに違っていた。
(え)延々と思考を巡らせているうちに、唐突に目の前に人の気配を感じてボクはのけぞった。
(お)「オシン・・・?」昼ご飯も思い出せないボクのアタマにその3文字の言葉が浮かんだ。
かの人のまとう空気感が、一気にボクを懐かしい記憶へと導いた・・・。
きっかけは彼女の祖父が営む古道具屋、世界中を旅して集めた素敵なガラクタ達が所狭しと並ぶその場所だった。そこで、ボクはオシンに出会ったのだ。
(く)組み立てられることもなく長い間放置されていたボクを、オシンは飽くなき好奇心で組み立てた。そのおかげでこうして作動して、世の為人の為に働けるまでになったのだった。

(け)「今朝からいったいどこほっつき歩いてたの!!この忙しい時に!!」
とボクに気づいた彼女が叫んだ。
こ、この忙しい時・・・今朝から?・・・あ!!!
ボク、どうなっちゃってたんだろう。たしか山積みのデータの束で躓いたんだったかな。そこから記憶が飛んじゃっていたのか・・・。
(さ)「さぁ早く戻って仕事仕事、おじいちゃんが帰ってくるまでにやることが山ほどあるんだからね!」
まだ要領も掴めないまま、オシンに急かされ、来た道を引き返すボクの目の前をその”おじいちゃん”らしき人物が横切って行った。
(し)「シンガポールのマーライオンも観光客がいなくてさみしがっていたからのう、しばらく一緒にいることにしたら帰りが遅くなったわい」
と、振り向きざまにその”おじいちゃん”はボクに声をかけた。
「すみません、あのなんだかぼーっとしちゃってて、ええと、ええと・・・。」
と、もじもじするボクに、おじいちゃんはシンガポール名物ラクサを差し出し(麺がすでにぶよぶよであったことも、お昼が何かしらの麺類だったことも気にしてはいけない。そもそもどうやって汁物を運んできたのやら・・・)、自身もポケットからマーライオンにもらったというマンゴープリンを取り出して食べ始めた。
せっかくだからと伸び切ったラクサを一口食べると、ぼうっとしていたボクの頭がようやく動き始めた・・・あの散らかった部屋・・・そうだ!おじいちゃんが帰ってくる前に、RuleWatcherを国際化するための準備をしなきゃいけないんだった!
しかも、そのパーティも企画して・・・あれ?今日はその当日じゃないか!!
(そ)速攻で事務所に戻り、必死で片づけ、オシンとおじいちゃんにおつかいを頼み、なんとかパーティの体裁を整えたところに、呼び鈴が鳴った。ドアを開けると、そこには・・・。
(た)多様な、国籍も年代も所属も様々なゲストが、ぞくぞくと「RuleWatcher国際化パーティ会場(という名の直前まで散らかっていた事務所兼座敷)」に現れた。
「Hey, Wat-chan, what's up??」なかの一人、ヒューミントが声をかけてきた。
「ちょっと待って、危ない!」
ボクは思わず叫んだが間に合わず、ヒューは盛大に鴨居に頭をぶつけて痛そうにしている・・・嗚呼、欧州では幾多の人的情報収集の任務遂行に役立ってきた、相手に一目置かせる体格も、日本では弱点になってしまうのだ。

「ツマラナイモノデスガ」
とヒューは目に涙を浮かべながら、でも何事もなかったように菓子折りを差し出して、ボクとオシンに目配せをした。
受け取ると、お菓子にしてはずっしり重い。
(て)テーブルを囲んでいるのは、北は北極から南は南極まで、各地から集まった面々-国際化パーティにふさわしく装いも言語も様々だ―やれプラスチックの条約が出来そうだの、デジタルの権利が議論され始めただのと、それぞれルール形成動向に盛り上がっている。
そこに、どうしたわけか、ペンギンが加わっていた・・・。
(と)遠くからパシャパシャと写真を撮っているのはイメージインテリジェンスの達人李敏道(イミント)だ。
韓国生まれの韓国人だが辛い物が苦手なため、カメラと一緒にいつもお手製の辛み緩和ソース(豆乳やヨーグルトを混ぜたもの)を携帯しているとかいないとか・・・
とにかく今も、テーブルに並ぶトッポギを避けるため撮影に専念しているのだと思われる。こうして撮った画像を解析し、情報を分析するのが彼の専門分野である(トッポギの辛み成分を炙り出そうとしているとの噂もある)。
(な)仲人のごとく忙しく人の間を行き来しているのは、ギリシャ出身のコリントだ。
利害関係を同じくするインテリジェンス機関がうまく協業できるよう取り持つのが彼の役回りだが、オフの今日は飲み物のサーブボーイと化し、「いや~その話だったら向こうでも盛り上がってたよ」「え、僕が繋げようか?」「バカンスは海行きたいよね~予約とるよ?」と仕事の癖を存分に発揮している。
にぎやかな会場にひとつだけ空席があった。テーブルの上には、暗号解読の達人コミント(科 敏朵)の席札がある。
彼女はインターネットが当たり前になるずっと昔から数多の難解な暗号を解き明かしてきた凄腕の持ち主なのだが、今は・・・
あれ、今は何をしているんだっけ、なんだか、そこだけ記憶がすっぽりと無いみたいだ。
ぬかで丹精に磨いてある事務所の柱と、窓の外を見比べているのはElin Tor(エリント)、レーダーから放たれる電磁放射を分析する専門員だ。
・・・機材も何も無く肉眼で何かを察知しようとしているのだろうか。
「ぬかで磨くとこんなに綺麗になるんですね。光が当たると尚美しい」
とエリンはボクに話しかけてきた。あ、そっちね。彼は日本オタクのアメリカ人でもあるのだ。

(ね)念入りに持参したクロワッサンを温め直しているのはフランス人のテオドール・クイント(ボクらの間ではテキントと呼ばれている)ー装備を研究し、使われている技術や弱点などを見つけ出す専門家だ。
「やっぱり日本製は構造が違うから火の入れ具合が難しいよ、ウォッちゃん」
と、どうやら、"台所の装備"まで研究対象にしているらしい。
(の)飲めや歌えや、RuleWatcher国際化パーティも段々と終盤に近付いてきた。
みんな楽しそうで何よりだ。鴨居にぶつけた額をまださすっているヒューに、鴨居を代弁してエリントが日本家屋の機能性を訴えているし、イミントとコリント、テキントは写真を肴に盛り上がっているし(気の利くコリントがトッポギを遠ざけてくれたようだ)、ペンギンは一匹愉しそうにワインのおかわりを所望している。
そういえば、さっきから・・・あれ?
はたと気づくと、オシンもテリ爺もいない。
一体どこに行っちゃったんだろう。キョロキョロとあたりを見回していると、シギント公国から来たシン・シギント(愛称はシギント-信号諜報が専門)が話しかけてきた。
(ひ)「久しぶり!パーティに呼んでもらえて嬉しいよ。RuleWatcher の国際化アップデートなんて、結構大変だったんじゃない?」
と労を労ってくれるシギントに
「ありがとう。ううん、朝飯前だったよ」
とボクは答えた。アサメシマエ?
・・・そうだった。昼に食べたのは、

うどんじゃなくそばじゃなく、ラーメン定食だったんだ。なんで思い出せなかったんだろう。
そういえば、あの時、店のおばちゃんがボクに何か必死に話しかけてたな…。
「ねぇウォッちゃん、大丈夫?ちょっと疲れてるんじゃない?」
隣にいたシギントが心配して飲み物を持ってきてくれた。
「ううん、大丈夫。今日はなんだかちょっとだけ調子が変なんだよね。」
そう言いながらボクはグラスに口を付けた。
------------- 第二部 オシン --------------
へんだなぁ、ウォッちゃんたら一体どこに行っちゃったの?今日はRuleWatcherの国際化パーティだっていうのに!
散らかった事務所を出て、わたしはウォッちゃん行きつけのラーメン屋に向かった。
ほかほかの湯気が立つ厨房の向こうで、ラーメン屋のおばちゃんは
「ウォッちゃんならラーメン定食を食べてさっき出てったわよ」
という。私は捕まえ損ねたウォッちゃんの足取りを考察してみる。多分甘い物が欲しくなって、近くの自販機でアイスを買って、公園辺りで食べているに違いない。
よし、と店を出ようとすると、おばちゃんから飴ちゃんを渡された。

飴を口に入れるとなぜか急にホッとした。さぁウォッちゃん、仕事に戻るのよ~~!
(ま)町角で、ようやく、ぼーっとした顔のウォッちゃんを発見した。安心したのもつかの間、顔をみたら今度は一気に腹が立って、
「今朝からいったいどこほっつき歩いてたの!!この忙しい時に!!」
と私は一喝した。
「さぁ早く戻って仕事仕事、おじいちゃんが帰ってくるまでにやることが山ほどあるんだからね!」
(み)道行く人が振り返らんばかりの剣幕にきょとんとするウォッちゃんを前に、言い過ぎたかしらとちょっと反省していると、突然、テリ爺が目の前に現れた。
私のおじいちゃんはいつもそんな風に唐突に現れるのだ。
「ほ~れ、お土産じゃ」
と、いきなりポケットから手品のように、2人前のシンガポールラクサを出してきた。
そういえば朝から何も食べていなかったんだっけ。汁気がなく麺がすっかり伸び切っているのに、のんきに食べている場合でもないのに・・・。差し出されるとつい一口食べたくなった。口いっぱいに広がる、エキゾチックな香り。その瞬間、脳裏に昔の情景が浮かんだ。
むかし・・・子どものころ、この街に来ると決まって、とある古道具屋のウインドウの前で立ち止まった。不思議な香りのするその店には変わった品々が並んでいた。
どんな国で、なんのために作られ、どうやって使われたんだろう、そんなことに思いを巡らしながら、その日も眺めていると突然、店主らしき髭のおじいちゃんから
「これは何だと思うかね?」
と尋ねられた。そこで、自分の想像を思うまま語ってみると、彼は、驚いたような顔をして一言、
「この店で働いてはどうじゃ」。

(め)「目を開け!よ~く観察するのじゃ。表面に惑わされてはいかん。情報の出し手の真の狙いは何かを見極めるのが大事じゃ。数字は分母を疑わねばならん!まとめに頼ってはならん。必要な情報は自分で取りに行き、自分で読み込むのじゃ。」
・・・この調子で、毎日様々な文書を読まされては私の洞察力が足らないと叱られた。古道具屋の店主「テリ爺」は私を店番として雇ったのではなかった。真の目的は別のところにあったのだ。
ものがとにかく多いテリ爺の店。私はガラクタに囲まれながら、来る日も来る日もインテリジェンスの修行にいそしんだ。
テリ爺が外国へ仕入れに行ってほっとした束の間に、以前から気になっていた箱に目が留まった。

どうにも心惹かれるのを抑えきれずに、売り物とは知りながらも、私は箱を開けた。
やっぱりガラクタなのか、なかには沢山のパーツがあるだけで、説明書も何もない。箱にある謎めいた「RW-078」という表記はこのロボットの名なのだろう。
そのまま真剣に当てはまりそうなパーツを試行錯誤して組み立ててみること丸二日、目の前に現れた箱のイラストに似たロボットは突然喋りだした。
「RW-078、情報収集を開始し、重要情報をウォッチします!」
ゆ、夢なの?徹夜で作業して、気が遠くなりかけたところでいきなりRW-078は動作を開始したのだった。RW-078はその丸い手をほうぼうに伸ばし、なにやらデータ収集を始めた。
思い出した・・・店先で「これは何だと思うかね?」と訊いたおじいちゃんに、
「ええと・・・世界中の大事な情報を集めるロボットか何かかしら。」
と返事をした時のこと。そうか、テリ爺が私にさせたかったことはこういうことなんだ、とその時急に理解した ———
「オシン?どうしたの??怒ってたと思ったら急に閃いたような顔しちゃって」
ウォッちゃんことRW-078の声に、私は急に現実に引き戻された。
時計を覗くとこんな時間!!大変!!パーティまでもう時間がない!さぁウォッちゃん準備開始するわよ!
------------- 第三部 おばちゃん --------------
(よ)世にインターネットが普及する以前から、あたしは暗号解読で人知れずに活動してきた・・・
という真の姿を隠し、いまはラーメン屋のおばちゃんとしてひっそりと暮らしている。
それというのも、この店の4軒先にある、「テリーの店」に住み込みで働くオシンという少女に危険が及ばぬよう、目配りする役目があるからなのだ。
(ら)ラーメンスープを仕込みながらふとオシンたちとの出会いを思い出していると、けたたましい音でテリ爺からのホットラインが鳴った。
ーーー何者かにウォッちゃんが襲われた!
割烹着を脱ぎ捨てるとあたしはテリーの店に走った。

(り)リード線が剥き出しになったウォッちゃんの腕の先には、テリ爺とオシンが何ヶ月も前から準備していたRuleWatcher国際化のための重要なモジュールが真っ黒に焦げていた。
あたしはすぐにウォッちゃんの応急処置をすると、モジュールをガラクタに紛れさせた…
「オシンに気づかれぬように頼むぞ」
テリ爺からの電話の言葉を思い出しながら。
(る)留守を頼まれて5年、ついにテリ爺が予期していた事態が起こったのだ・・・。
店でリブートしてやると、ウォッちゃんはぼんやりしながらも、いつものようにラーメンを食べた。どうやら機能に大事はなかったらしく「アイスを買いに行く」と言って出ていった。
ほどなく入れ違いに血相を変えてオシンがウォッちゃんを探してやってきた。
テリ爺の作戦手順通りオシンに「飴ちゃん」を渡して安心させて見送るなり、あたしは店を閉めて着替えに取り掛かった。
------------- 第四部 オシン --------------
(れ)「冷静によく聴くのじゃ。」
そういうとテリ爺は、RuleWatcherの国際化を阻む勢力が、今朝ウォッちゃんを襲ってモジュールを破壊したことを告げた。
頭が真っ白になった私の前に、テリ爺はコリントが持参した菓子箱を差し出した。開けると、そこには予備のモジュールが収まっていた。
(ろ)「ロックを外して、RuleWatcherに接続するのじゃ。」
テリ爺に促されて、ようやく事態を飲み込んだ私は、慎重に新モジュールをRuleWatcher に繋いだ・・・。何ヶ月もかけて準備した超多言語処理の機能。よし!あとはウォッちゃんと接続すれば、世界中の一次情報をみんなの母語で取り出せるようになる!
この重要な作業を終えたテリ爺と私はパーティー会場に戻ると…
(わ)割れんばかりの怒声が聞こえた。
「あんた!ウォッちゃんに変なもの飲ませて国際化を阻む気だね!」
ペンギンの被り物を外した汗だくのラーメン屋のおばちゃんだった。
彼女は、すごい形相でシギントを睨んでいたのだ。
・・・・そうか、ウォッちゃんを狂わせてモジュールを壊した犯人はシギントだったのか!!
おばちゃんに加勢しようとした時、にやりと嗤うシギントの袖の内側から、強烈な電磁波を発する小型の電磁波兵器が覗いた。
(を・ん)「イ・ン・テ・リュージョ~~~~~ン!!!」
轟くようなテリ爺の声とともに杖から放たれたのは、インテリジェンスの達人だけが扱える秘技だった!
眩いばかりの紫色の閃光がシギントの電磁波兵器に直撃して、床に転がった。プスプスいう音と共に煙を出している。
「オシン!いまじゃ!ウォッちゃんをRuleWatcher に繋ぐのじゃ!」
私はウォッちゃんを抱えると、長く伸びた腕をRuleWatcherに繋いで唱えた。
「世界のルールをみんなの手で!!!」
あいうえお小説 完
…情報の海に溺れることなく、みずから思考し、多様な言語で書かれた一次情報を能動的に取りに行けるようにすることで、世界中の民主主義を前進させたい。RuleWatcher はそんな思想から作られたツールです。開発はこれからもまだまだ続きますがキャラクター共々、暖かく見守ってください。
ここまでお読みいただきありがとうございました。



