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マガジンのおまけ「あいうえお小説」


Magazineの末尾に、毎回実は付いている、続き物の小説です。


-------------   第一部 RW-078  --------------


れは或る昼下がりのことであった。




まさっき食べた定食の名前が思い出せず、僕は所在なく通りを行きつ戻りつした。



どんだったか、そばだったか、それすらも自信がない。物覚えの悪い方でもないー寧ろ良い方だ。その証拠にこうしてあの日のことを思い出しているし、緊張する方でもないのだが、いつもの僕とは明らかに違っていた。



)延々と思考を巡らせているうちに、唐突に目の前に人の気配を感じて僕はのけぞった。


)「オシン・・・?」昼ご飯も思い出せない僕だったが、その人の顔を見ると不思議とその3文字の言葉が浮かんだ。


の人のまとう空気感に、僕は忽ち懐かしさを覚えた。



っかけは彼女の祖父が営む古道具屋、世界中を旅して集めた素敵なガラクタ達が所狭しと並ぶその場所で、僕とオシンは出会った。


)組み立てられることもなく長い間放置されていた僕は、オシンの好奇心のおかげでこうして作動して、世の為人の為に働けるまでになったのだ。





)「今朝からいったいどこほっつき歩いてたの!!この忙しい時に!!」振り向きざまにオシンが叫んだ。


、この感じは何か覚えがある・・・たしか、家を出るとき山積みの記事の束に足をぶつけて気が遠くなって・・・そうか仕事!!


)「さぁ早く戻って仕事仕事、おじいちゃんが帰ってくるまでにやることが山ほどあるんだからね!」オシンに急かされ、来た道を引き返す僕の目の前をその”おじいちゃん”らしき人物が横切って行った。


)「シンガポールのマーライオンも観光客がいなくてさみしがっていたからのう、しばらく一緒にいることにしたら帰りが遅くなったわい」と、振り向きざまにその”おじいちゃん”は僕に声をかけた。


みませんまだ仕事終わってないんです!!」とあたふたする僕に、おじいちゃんはシンガポール名物ラクサを差し出し(麺がすでにぶよぶよであったことも、お昼が何かしらの麺類だったことも気にしてはいけない。そもそもどうやって汁物を運んできたのか。)、自身もポケットからマーライオンにもらったというマンゴープリンを取り出して食べ始めた。


っかくだからと伸び切ったラクサを頬張っているうちに、ぼうっとしていた僕の頭が動き始めた・・・あの散らかった書類・・・そうだ!おじいちゃんが帰ってくる前に、ルールウォッチャーを国際化するための申請書類だ!そのパーティも企画してたんだった・・・あれ?今日は何日だ?


)速攻で事務所に戻り、書類の山をあちこちへ突っ込み、オシンとおじいちゃんにおつかいを頼み、なんとかパーティの体裁を整えると、事務所のベルが鳴ってドアを開けると、そこには・・・。


)多様な、国籍も年代も所属も様々なゲストが、ぞくぞくと「ルールウォッチャー国際化パーティ会場(という名の直前まで散らかっていた事務所)」に現れた。「Hey, Wat-chan, what's up??」なかの一人、ヒューミントが声をかけてきた。


ょっと待って、危ない!」僕は思わず叫んだが間に合わず、ヒューは盛大に鴨居に頭をぶつけて痛そうにしている・・・嗚呼、欧州では幾多の人的情報収集の任務遂行に役立ってきた、相手に一目置かせる体格も、日本では弱点になってしまうのだ。



まらないものですが」とヒューは目に涙を浮かべながら、でも何事もなかったように菓子折りを差し出して、僕とオシンに目配せをした。受け取ると、お菓子にしてはずっしり重い。




)テーブルを囲んでいるのは、北は北極から南は南極まで、各地から集まった面々-国際化パーティにふさわしく装いも言語も様々だ―やれプラスチックの条約が出来そうだの、デジタルの権利が議論され始めただのと、それぞれルール形成動向に盛り上がっている。そこに、どうしたわけか、ペンギンが加わっていた・・・。


()遠くからパシャパシャと写真を撮っているのはイメージインテリジェンスの達人李敏道(イミント)だ。韓国生まれの韓国人だが辛い物が苦手なため、カメラと一緒にいつもお手製の辛み緩和ソース(豆乳やヨーグルトを混ぜたもの)を携帯しているとかいないとか・・・とにかく今も、テーブルに並ぶトッポギを避けるため撮影に専念しているのだと思われる。こうして撮った画像を解析し、情報を分析するのが彼の専門分野である(トッポギの辛み成分を炙り出そうとしているとの噂もある)。


)仲人のごとく忙しく人の間を行き来しているのは、ギリシャ出身のコリントだ。利害関係を同じくするインテリジェンス機関がうまく協業できるよう取り持つのが彼の役回りだが、オフの今日は飲み物のサーブボーイと化し、「いや~その話だったら向こうでも盛り上がってたよ」「え、僕繋げようか?」「バカンスは海行きたいよね~予約とるよ?」と仕事の癖を存分に発揮している。


かで丹精に磨いてある事務所の柱と、彼方の空を見比べているのはElin Tor(エリント)、レーダーから放たれる信号を傍受する専門員だ。・・・機材も何も無く肉眼で何かを察知しようとしているのだろうか。「ぬかで磨くとこんなに綺麗になるんですね。太陽が当たると尚美しい」とエリンは僕に話しかけてきた。あ、そっちね。彼は日本家屋オタクのアメリカ人でもあるのだ。


)念入りに持参したクロワッサンを温め直しているのはフランス人のテオドール・クイント(僕らの間ではテキントと呼ばれている)ー外国軍の装備を研究し、使われている技術や弱点などを見つけ出す専門家だ。「やっぱり日本製の装備は構造が違うから火の入れ具合が難しいよ、ウォッちゃん」と、どうやら、台所の装備まで研究対象にしているらしい。


)飲めや歌えや、RW国際化パーティも段々と終盤に近付いてきた。会場を改めて見渡してみる―みんな楽しそうで何よりだ。鴨居にぶつけた額をまださすっているヒューに、鴨居を代弁してエリントが日本家屋の機能性を訴えているし、イミントとコリント、テキントは写真を肴に盛り上がっているし(気の利くコリントがトッポギを遠ざけてくれたようだ)、ペンギンは一匹愉しそうにワインのおかわりを所望している。そういえば、さっきからオシンとおじいちゃんがいないような・・・


たと気づくと、オシンもテリ爺もいない。さっきから一体どこに行っちゃったんだろう。キョロキョロとあたりを見回していると、インドから来たチャンドラ・グイント(愛称はシギント通信傍受が専門)が話しかけてきた。


)「久しぶり!パーティに呼んでもらえて嬉しいよ。RuleWatcher の国際化アップデート結構大変だったんじゃない?」と労を労ってくれるシギントに「ありがとう。ううん、朝飯前だったよ」と僕は答えた。


とその時、お昼ごはんの時の情景が頭をよぎった・・・そうだ。

うどんじゃなくそばじゃなく、ラーメン定食を食べたんだった!店のおばちゃんがぼくに何か必死に話しかけてたな…。「ねぇウォッちゃん、大丈夫?ちょっと疲れてるんじゃない?」隣にいたシギントが心配して水を持ってきてくれた。「ううん、大丈夫。なんだかちょっとぼーっとしちゃって」そう言いながら僕はグラスに口を付けた。








-------------   第二部 オシン  --------------



んだなぁ、ウォッちゃんたら一体どこに行っちゃったの?今日はRuleWatcherの国際化パーティだっていうのに!申請書類の散らかった事務所を出て、わたしはウォッちゃん行きつけの中華料理店に向かった。


かほかの湯気が立つ厨房の向こうで、中華料理店のおばちゃんは「ウォッちゃんなら

ラーメン定食を食べてさっき出てったわよ」という。私は捕まえ損ねたウォッちゃんの足取りを考察してみる。多分甘い物が欲しくなって、近くの自販機でアイスを買って、公園辺りで食べているに違いない。よし、と店を出ようとすると、おばちゃんから飴ちゃんを渡された。飴を口に入れるとなぜか急にホッとした。さぁウォッちゃん、仕事に戻るのよ~~!



)町の中を探し探し歩いていたら、気持ちが落ち着いていると物事が上手く転ぶのか、ぼーっとした顔で歩くウォッちゃんを発見した。しかし目の前まで来ても自分に気づかないウォッちゃんに気持ちの余裕はあっさり吹っ飛び、「今朝からいったいどこほっつき歩いてたの!!この忙しい時に!!」と私は一喝した。「さぁ早く戻って仕事仕事、おじいちゃんが帰ってくるまでにやることが山ほどあるんだからね!」


)道行く人が振り返らんばかりの剣幕にあたふたするウォッちゃんを前に、言い過ぎたかしらとちょっと反省していると、突然、テリ爺が目の前に現れてびっくりした。私のおじいちゃんはいつもそんな風に唐突に現れるのだ。「ほれ、お土産じゃ」と、いきなりポケットから手品のように、2人前のシンガポールラクサを出してきた。そういえば朝から何も食べていなかったんだっけ。汁気がなく麺がすっかり伸び切っているのも構わず一生懸命すすっているうちに、私はなぜか急に古道具屋での不思議な出会いを思い出していた・・・。



かし・・・といっても子どものころ、街に来ると決まって、とある古道具屋のウインドウの前で立ち止まった。不思議な品物たちを眺めては、どんな国で、なんのために作られ、どうやって使われたんだろう、そんなことに思いを巡らした。その日もそんなふうに眺めていると突然、古道具屋の店主から「これは何だと思うかね?」と尋ねられ、自分の想像を思うまま語ると、驚いたような顔をして一言「この店で働いてはどうじゃ」。


)「目を開け!よ~く観察するのじゃ。作者の真の目的は何かを見極めるのが大事じゃ。数字は分母を疑わねばならん!」・・・この調子で、毎日様々な文書を読まされては私の洞察力が足らないと叱られた。古道具屋の店主「テリ爺」が私を店員に雇った真の目的は別のところにあったのだ。

(つづく/次回更新 6月末号)



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