
Magazineの末尾に、毎回実は付いている、続き物の小説です。
あれは或る昼下がりのことであった。
いまさっき食べた定食の名前が思い出せず、僕は所在なく通りを行きつ戻りつした。
うどんだったか、そばだったか、それすらも自信がない。物覚えの悪い方でもないー寧ろ良い方だ。その証拠にこうしてあの日のことを思い出しているし、緊張する方でもないのだが、いつもの僕とは明らかに違っていた。
(え)延々と思考を巡らせているうちに、唐突に目の前に人の気配を感じて僕はのけぞった。
(お)「オシン・・・?」昼ご飯も思い出せない僕だったが、その人の顔を見ると不思議とその3文字の言葉が浮かんだ。
かの人のまとう空気感に、僕は忽ち懐かしさを覚えた。
きっかけは彼女の祖父が営む古道具屋、世界中を旅して集めた素敵なガラクタ達が所狭しと並ぶその場所で、僕とオシンは出会った。
(く)組み立てられることもなく長い間放置されていた僕は、オシンの好奇心のおかげでこうして作動して、世の為人の為に働けるまでになったのだ。
(け)「今朝からいったいどこほっつき歩いてたの!!この忙しい時に!!」振り向きざまにオシンが叫んだ。
こ、この感じは何か覚えがある・・・たしか、家を出るとき山積みの記事の束に足をぶつけて気が遠くなって・・・そうか仕事!!
(さ)「さぁ早く戻って仕事仕事、おじいちゃんが帰ってくるまでにやることが山ほどあるんだからね~!」オシンに急かされ、来た道を引き返す僕の目の前をその”おじいちゃん”らしき人物が横切って行った。
(し)「シンガポールのマーライオンも観光客がいなくてさみしがっていたからのう、しばらく一緒にいることにしたら帰りが遅くなったわい」と、振り向きざまにその”おじいちゃん”は僕に声をかけた。
「すみませんまだ仕事終わってないんです!!」とあたふたする僕に、おじいちゃんはシンガポール名物ラクサを差し出し(麺がすでにぶよぶよであったことも、お昼が何かしらの麺類だったことも気にしてはいけない。そもそもどうやって汁物を運んできたのか。)、自身もポケットからマーライオンにもらったというマンゴープリンを取り出して食べ始めた。
せっかくだからと伸び切ったラクサを頬張っているうちに、ぼうっとしていた僕の頭が動き始めた・・・あの散らかった書類・・・そうだ!おじいちゃんが帰ってくる前に、ルールウォッチャーを国際化するための申請書類だ!そのパーティも企画してたんだった・・・あれ?今日は何日だ?
(そ)速攻で事務所に戻り、書類の山をあちこちへ突っ込み、オシンとおじいちゃんにおつかいを頼み、なんとかパーティの体裁を整えると、事務所のベルが鳴ってドアを開けると、そこには・・・。
(た)多様な、国籍も年代も所属も様々なゲストが、ぞくぞくと「ルールウォッチャー国際化パーティ会場(という名の直前まで散らかっていた事務所)」に現れた。「Hey, Wat-chan, what's up??」なかの一人、ヒューが声をかけてきた。
「ちょっと待って、危ない!」僕は思わず叫んだが間に合わず、ヒューは盛大に鴨居に頭をぶつけて痛そうにしている・・・嗚呼、欧州では幾多の人的情報収集の任務遂行に役立ってきた、相手に一目置かせる体格も、日本では弱点になってしまうのだ。
「つまらないものですが」とヒューは目に涙を浮かべながら、でも何事もなかったように菓子折りを差し出して、僕とオシンに目配せをした。受け取ると、お菓子にしてはずっしり重い。
(て)テーブルを囲んでいるのは、北は北極から南は南極まで、各地から集まった面々-国際化パーティにふさわしく装いも言語も様々だ―やれプラスチックの条約が出来そうだの、デジタルの権利が議論され始めただのと、それぞれルール形成動向に盛り上がっている。そこに、どうしたわけか、ペンギンが加わっていた・・・。
(と)遠くからパシャパシャと写真を撮っているのはイメージインテリジェンスの達人李敏道(イミント)だ。韓国生まれの韓国人だが辛い物が苦手なため、カメラと一緒にいつもお手製の辛み緩和ソース(豆乳やヨーグルトを混ぜたもの)を携帯しているとかいないとか・・・とにかく今も、テーブルに並ぶトッポギを避けるため撮影に専念しているのだと思われる。こうして撮った画像を解析し、情報を分析するのが彼の専門分野である(トッポギの辛み成分を炙り出そうとしているとの噂もある)。
(な)仲人のごとく忙しく人の間を行き来しているのは、ギリシャ出身のコリントだ。利害関係を同じくするインテリジェンス機関がうまく協業できるよう取り持つのが彼の役回りだが、オフの今日は飲み物のサーブボーイと化し、「いや~その話だったら向こうでも盛り上がってたよ」「え、僕繋げようか?」「バカンスは海行きたいよね~予約とるよ?」と仕事の癖を存分に発揮している。
(つづく/次回更新 5月号)